ドリコムと僕。
恵比寿に来てからというものの、
僕はすっかりプロジェクトの機能追加開発に夢中になっていました。
当時の僕にどれだけの力があったのかと聞かれれば、
ほとんど力なんてなかった、そう答えるでしょう。
力不足は気合いでなんとかカバーしていました。
大して力もないのに、仕事を任せてくれたわけですから、
その期待を裏切らないよう、ただただがむしゃらに開発をしていました。
4月ということで、
春休みも終盤を迎え、大学が始まろうとしていました。
それまで週5日でドリコムに行っていたので、
大学が始まれば、必然的に勤務時間は減ってしまいます。
我が上司、長谷川さんにその話をすると、こう言われました。
"じゃあ、大学やめて、ドリコムの社員になっちゃいなよ!"
非常に軽いですw
でも、同じようなことを考える自分がいたことも事実です。
ドリコムでの生活は非常に充実していて、
入社してからの2ヶ月で学んだことは数え切れません。
大学2年間よりもドリコムの2ヶ月の方が価値があったように思えました。
大学で中途半端な時間を過ごしてるくらいならば、
ドリコムで一生懸命やっていた方が絶対自分のためになる。
それを1年も続ければ、必ずや大きく成長できる、そう確信していました。
多くの人に相談してみました。
人によって意見は違い、
"うん、会社で学んだほうがいいと思うよ。"
という方がいると思えば、
"大学は行かなきゃダメだよ。"
という方もいました。
しばらくの間真剣に悩みましたが、
最終的に僕が出した答えは、
"大学に通いながら、ドリコムでも頑張る"
ということでした。
その答えを出した最大の要因は、
両親が大学に行かせてくれていることでした。
僕が大学に行きたいと言ったから、両親は僕を大学に行かせてくれているわけです。
だから、大学で学べることは最大限学んで、卒業することが最低限僕にできることなんだろうなと思いました。
ということで、大学3年になった頃のこと。
ドリコム京都オフィスで働いていた板倉さんと初めてお会いしました。
"これはこれは、HEROのくまがいくんですね!"
板倉さんの第一声です。
優しさとユーモアを兼ね備えていて、まさにパパと呼ぶにふさわしい方です。
(京都ではパパと呼ばれていたらしいです。)
その時初めて知ったのですが、
板倉さんは僕が担当していたプロジェクトのPMになりました。
それから、板倉さんとの楽しい日々が続いていくのでした。
恵比寿に来てからというものの、
僕はすっかりプロジェクトの機能追加開発に夢中になっていました。
当時の僕にどれだけの力があったのかと聞かれれば、
ほとんど力なんてなかった、そう答えるでしょう。
力不足は気合いでなんとかカバーしていました。
大して力もないのに、仕事を任せてくれたわけですから、
その期待を裏切らないよう、ただただがむしゃらに開発をしていました。
4月ということで、
春休みも終盤を迎え、大学が始まろうとしていました。
それまで週5日でドリコムに行っていたので、
大学が始まれば、必然的に勤務時間は減ってしまいます。
我が上司、長谷川さんにその話をすると、こう言われました。
"じゃあ、大学やめて、ドリコムの社員になっちゃいなよ!"
非常に軽いですw
でも、同じようなことを考える自分がいたことも事実です。
ドリコムでの生活は非常に充実していて、
入社してからの2ヶ月で学んだことは数え切れません。
大学2年間よりもドリコムの2ヶ月の方が価値があったように思えました。
大学で中途半端な時間を過ごしてるくらいならば、
ドリコムで一生懸命やっていた方が絶対自分のためになる。
それを1年も続ければ、必ずや大きく成長できる、そう確信していました。
多くの人に相談してみました。
人によって意見は違い、
"うん、会社で学んだほうがいいと思うよ。"
という方がいると思えば、
"大学は行かなきゃダメだよ。"
という方もいました。
しばらくの間真剣に悩みましたが、
最終的に僕が出した答えは、
"大学に通いながら、ドリコムでも頑張る"
ということでした。
その答えを出した最大の要因は、
両親が大学に行かせてくれていることでした。
僕が大学に行きたいと言ったから、両親は僕を大学に行かせてくれているわけです。
だから、大学で学べることは最大限学んで、卒業することが最低限僕にできることなんだろうなと思いました。
ということで、大学3年になった頃のこと。
ドリコム京都オフィスで働いていた板倉さんと初めてお会いしました。
"これはこれは、HEROのくまがいくんですね!"
板倉さんの第一声です。
優しさとユーモアを兼ね備えていて、まさにパパと呼ぶにふさわしい方です。
(京都ではパパと呼ばれていたらしいです。)
その時初めて知ったのですが、
板倉さんは僕が担当していたプロジェクトのPMになりました。
それから、板倉さんとの楽しい日々が続いていくのでした。